きみがぼくを教えてくれる

僕は僕を記録する係です

泣きそうになる日もあるさ

 

今朝、父親からメールが届いた。春から営業開始するカフェに向けて着実に準備をしてるとのこと。父は退職する少し前から「カフェを経営したい」と言い始めた。父からそんな話を聞いたことは一度も無かったが、どうやら長年考えていたことらしかった。母もその案に乗り、2人でカフェ経営に向けて去年から動き始めている。僕が上京してから実家に帰ったときも父はおいしいコーヒーの淹れ方を研究していると言って専門的な道具について説明してくれたりコーヒーを淹れてくれたりした。僕は味に関して敏感な方ではないが、父が淹れてくれるコーヒーは毎回味が変わっており、湯の温度や淹れ方でこんなにも味が変わってくるものなのかと驚いた。父は望む味を作れないことに「難しいなあ」とはにかんでいた。その表情は嬉しそうでもあり、僕も照れ臭いが嬉しい気持ちになった。

 

そんな父について少し書く。

たぶん、我が家の父は器用で物知りな方だ。幼い頃から家にある大体の壊れた物は直してくれていたし、棚や机など色々なものを作ってくれた。それはいわゆる「お父さんの日曜大工」を超えたクオリティだったと思う。昔から父は直すためにも作るためにも活用出来る部品、小さなネジや金具などをたくさん保管している。それらをうまく使用するアイディアがいつもあった。

 

そして植物や動物や天体といった自然のことに特に詳しい。一緒に歩いているときに聞こえてきた鳥の鳴き声や見かけた植物の名前を尋ねても父はほとんど答えてくれた。こちらから尋ねずとも父は僕が知らないたくさんのことを教えてくれた。

 

思えば父と本音で話せるようになってきたのはここ最近のこと。長い間、お互いが気を使い合い本当の気持ちを伝えることが皆無だったからひょんな拍子で感情があふれてしまい、変にギクシャクしてしまうことが多かった。僕は父に教えて欲しいことや意見して欲しいことがあったし、父は僕が望むことや考えていることを知りたかったように思う。僕たちは少しずつでもそんな気持ちを交換出来るようになった。
高校生の頃友達がおらず、ちょうどこの寒い冬の時期に暖房もつけずに1人部屋で自作曲を録音していたことも思い出す。だがそうやって始めた音楽活動のおかげで友達が出来、東京でも暮らせている。

 

父について書き出すと僕が大好きなバンドであるThe Yellow Monkeyの「Father」という曲を思い出した。この曲はボーカルの吉井和哉が自身の父親を想って作った曲だ。吉井さんのお父さんは吉井さんが幼い頃に亡くなっている。自分の親が幼い頃に居なくなり、その環境下で育っていく自分を想像することは僕には難しい。人それぞれ自分の周囲に存在する物や人は違う。自ら選べることと選べないことがある。

 

僕は最近、自分で選択することが自分自身を作り上げていくのかなと考える。今までもこれからも。「学ぶことは変わることだ」と長年教師を務めていた父はふと言った。漫画版の「風の谷のナウシカ」でナウシカは「生きることは変わることだ」と言っていた。

 

どこの空も夕陽はキレイさ

星空もキレイさ 本当だよFather

東京でも冬になると星がいくつか見える。父に教えてもらった宵の明星の金星を見ると中学生の頃に父と田舎道を散歩したことを思い出す。

 

僕は東京で自分の力で生きていけるように精一杯頑張る。父にはこれからの人生を心の底から楽しんで欲しいと願う。また僕にもコーヒーを飲ませてください。