イバラのバラッド

「これはある悲しい一輪の薔薇の物語」と言いながら近づいてくる男がいた。花売りなのか語り部なのかよくわからないやつだと思った。スーパーマーケットの入り口には数十冊の"ライ麦畑でつかまえて"がtake freeのポップと共に置かれてる。横にはスプレー缶でこんな悪戯書きが書いてある「Happiness is a Warm Gun」彼女が見たらきっと怒るだろう。間抜けで汚い鳩たちは電線の上で素知らぬふり。僕もそれに倣う。空き地にあるテントの中からは煙が上がっている。中にいる住人たちが大声で淫らな言葉を発しながら笑ってるのが聞こえる。彼らにとってのジョークがとっても不愉快に思えた。風の中を無数の顔が流れていく。顔は口々に「だがお前には罪があるぞ」とささやく。「罪状は!」と強く問うと、なにも言わずに消えていく。嘲るような表情を残して。太陽はこらえきれず吹き出したようだが、僕が見上げるともうなんでもなくなっていた。まるで夢の中で終身刑を宣告されたような気持ちだ。僕の行動を妨げるように街の風景が移ろう。これは偉大な画家の壮大な息抜きなんだ。僕はある1枚の絵画の中で気付かれずにいる1つの点なんだ。凝固した絵の具。瞳の奥ですべてを語りたい。さあ、見出だしてくれ!風が追いかけてくる前に!

 

朝、慌ただしい駅の改札口で酔っ払いが一輪の薔薇に語りかける。「あなたはわたしのたった1つのカラフルです」薔薇はイバラで返答する。一滴の血が指から地面に落ちる瞬間、これはある悲しい一人の男の物語に変わる。