ナイフを捨てたのに



じっとしてるのが辛かった。夕暮れ、太陽から逃れるようにして海へ向かった。浜辺では子供たちが花火をしていた。海上には大きな客船が停泊していた。波は猛々しく打ち寄せ、なんだか怒られているみたいだった。車に積みっぱなしだったギターを持ち出してきて弾いてみた。ラジオを聴いているような気持ちになった。弾いているのはたしかに僕なのだけど、僕はここにいないようだった。それはこの世で一番悲しい不在だった。ついに誰もわかってはくれなかったのだ。そう思うともう海の生臭さなど気にはならなかった。いずれは海に帰ることをわかっていたから。子供たちはいつの間にか帰っていた。空と海の境目はなくなってしまった。僕は飛ぶことも沈むことも出来ずに浮かんでいた。この街の灯りに思い入れは無い。灯りが消えたままの街灯に同情すら覚える。僕も昔はそうだったなんて誰にも言いたくない。夏の約束は何もしないでおこう。ピンボールのように行き当たりばったりでいい。しかしあの子には心底大丈夫と伝えたい。勝手なことだ。今なら暗闇の静けさがわかる。目を閉じなくても満ち溢れている。

山間を走る夜の電車は少ない灯りを集めて逃げていく。いよいよ言葉が無くなった。人気のない路傍で夢は腰を下ろした。大事なものはとても重い。その重さに支えられてきたはずなのに、どうでもよくなってくるこの感情が憎たらしい。僕はナイフを捨てたのに、あの赤いアドバルーンに手が届かない。僕の日記はそこで終わった。