あの子が生まれた日


Mazzy Star - Fade Into You


もうすぐあの子の誕生日。好きな花は、以前に聞いたな。僕の中には小さなすみれ、むらさき色の小さなすみれ。厳しい寒さの冬にいて、どれだけ春を思い出せるか。希望のイメージはそんなとこから始まる気がする。ともかく死ぬまで続けるつもり。何をって、朝の窓を開くたび、ただそんな風に思うだけだよ。空にはいつもピアノが置いてあるけれど、誰もそれを知らないらしい。あの子が生まれた日、僕はなにしていただろう。やっと言葉を覚えたくらい、走ればすぐに転けてた頃かな。転んで見つけた花の名前は、図鑑で調べて知ったのかな。膝から流れる赤い血を、怖く思って泣き出して。あの子が生まれた日、あの子はずいぶん遠くにいて、おんなじように泣いてただろう。お母さんなら知ってるだろう。僕はあの子の好きな絵本を、大人になって、読んで泣いたな。そこには泣くのをやめたあの子がいて、泣いてる僕を不思議そうに見ていたな。その時、小さな鈴の音が聞こえてきて、振り返ったら夕暮れで、僕は自分の影を気にしながら帰って、あの子に電話をしようと思った。どんな些細な出来事も、ぜんぶ伝えてみたかった。ぜんぶ伝え終わっても、また明日話せると思って。きっとそれが嬉しかったんだ。きちんとリボンが付いていた。生き物のいない水槽で、ポンプが動き続けてた。階段の踊り場の吹き溜まりには、誰かが落としたボタンが一つ。夜になった駅前は、その日の中で一番まぶしくて。あの子と僕の間にある、時間が変わることはない。僕がかつていた場所は、僕がいなくても動き続ける。そんな当たり前の出来事が、不思議で不思議で仕方ない。あの子が生まれた日、僕は僕で生きていた。たしかに言える、これだけは。あの子はとっても素敵な人さ