久しぶりに夢を見れた


The Velvet Underground - Ride Into The Sun (Good Quality)


店を出て、ちょうど歩き出したくらいから吹雪始めた。まだ暗い空の明け方の、四条大橋に立つ僕は、汽船の煙突のようではなかったか。全身真っ黒な格好をしてることに、家を出てから気がついた。雪は音を吸い込み、静かに動く河原町はカラフルな無声映画のようだった。帰り道の割には高揚していた。もうどうしようもない過去を、頭の左へ押しやっていた。見知らぬ誰かに手を振っても、振り返してくれるような気がしてた。そのような夜がたまにあり、最後は決まって一人だけれど、不思議と寂しくないものだ。しばらくじっと立ち止まる。そこに僕が焼き付くまで。いま橋から飛び降りても、下に舟があるかもしれない。そこには未来の恋人が乗っていて、目が合った瞬間、二人は旅に出るのかもしれない。まあまあ。ちゃんと帰りました。まぶたを半分開けながら、電車に遅れず僕は帰った。ダリの描いた時計を手に、子供みたいに弄びながら。久しぶりに夢を見れた

あなたを置いていかないで

夜明け前の青白い空に捧げる口笛の音色。銀河鉄道のレールを敷いて、僕たちはどこまでも行けるはず。けれども列車はやってこない。きっとこの駅に着くにはまだ早過ぎるんだろう。日付が変わって明日になっても、明日のために眠らなきゃいけないなんて。肝心なときに言葉は頼りにならないものだから、鼻の利く犬を羨んだりもしたよ。彼らはにおいで家路を辿ることが出来るんだぜ。真実とやらを求めるなら、付け足すことよりそぎ落とすことかもな。そうすりゃ今よりよく聞こえるだろう。余計なものを見なくて済むだろう。少なくとも、幸福の在り処は故郷より遠く離れていた。その時の僕たちにはそうだった。旅に出るなら物を知らない方がいい。知識で膨れ上がった重い頭は、旅の途中じゃお荷物になる。語りかける雨は雪に変わり、死んでしまったあいつの名を呼ぶ。いくら信じていても、いつまでも待つことなんて出来るだろうか。おれは疑問を積み上げて、時間稼ぎをしてるのさ。おそらくそういうことなのさ。まぶたの裏に夢がある。闇は光に対応している。水の波紋を描くために、彼は池に小石を投げ続けた。鳥は生まれ変わって魚になった。魚は死んでも目を閉じなかった。開いた蕾はきれいに咲いた。咲いた花は綺麗に散った。それからのこと。わたしのこと。わたしとあなたの間にあるもの。あなたはあなたを置いてかないで。それならわたしもついていける。

燃えてないのに煙が出る


Cat Stevens - Sitting


日記。最近月が一段と明るい。僕はあまり視力が良くないので、月がぼんやり映って見える。満月の夜には事件や事故が増えるらしい。遠い遠い先祖たちが、満月の夜になにかやらかしたのかもしれない。繋がれた犬の血の中にも、ニホンオオカミがいるかもしれない。そうやって頭の中を散らかしながら、散歩の合間についつい缶ジュースを買ってしまう。家に着く頃に飲み終わるので、だんだんゴミ箱に缶がたまっていく。寒い季節は一人が厳しい。人の声を求める僕は、電話魔になりつつある。応えてくれる友人たちは電話天使といったところ。話す人みんなに、年末年始をどう過ごすか聞いている。それは、自分にとって重要なことなんだと思う。まあ、雪が降っていて欲しいな。そうだったらありがたいな。雪の降る夜はおしゃべりしなくても平気でいられる。

身体にも心にも力が入らない。エイヤと立ち上がっても、へなへなと座り込んでしまう。しかし何度だって立ち上がってやろう。そうするほかない。少し進めば景色も変わるはずだから。僕には僕しかいない。それは研ぎ澄まされたナイフのような気持ちだ。海岸で波に削られた岩のような気持ちでもある...。それなりにいっぱいいっぱいだ。灯りを全部消して眠ってるよ。黒と黒がせめぎ合うんだ。目を閉じても変わらないんだ。子供の頃恐れていた宇宙の話。もう鏡は見たくない。

一人の部屋でいつの間にか眠り、一人の部屋で目が覚める。ぐしゃぐしゃになった布団を見て、燃えてないのに煙が出てると思った。いま、危うい場所に立っている。たぶん落っこちたらなんにもなくなってしまうだろう。身体を温め、心を取り戻さなきゃいけない。たった27年でボロボロな気分だ。さあ立ち上がろう。

死にたくはない

うまく言えなくてもいい、綺麗に書けなくてもいいから、今の心情を素直に記すことにした。大体僕は人の目を気にしすぎだ。人に気を使い過ぎている。家族に対してすらそうしてしまう。そしてそんな自分を馬鹿だなと思う。ただ、無意識はなかなか言うことを聞いてくれない。もっと楽にしたらいいのにな。誰にも嫌われないようにしようなんて、無茶な話だ。嫌われてもいいから、自分にとって譲れないことを主張した方がいい。嫌なことは嫌だと伝えた方がいい。僕はその場その場でそれが出来ずに溜め込んで、結果的に色々な人を傷つけてきたと思う。ずいぶんと勝手なことをしてきた。それでも自分は少しも気楽じゃないのだから、一人自己憐憫し続ける自分だけが残る。何の役にも立たないことだ。僕はそんなことを繰り返してきた。こんな僕が始まったのは、生まれたその時からではない。11歳の頃、学校に行くことをやめた時からだ。同級生に意地の悪いヤツがいて、そいつに会いたくなくて行かなくなったのが始まりだった。けど、そんなことはきっかけでしかなく、今となってはどうでもいいことだ。別に恨みを持ってるわけでもない。そもそも誰かを心底恨んだことがない。やっぱりいつも矛先は自分に向いていた。僕は自分をいじめるのが得意らしい。見方を変えれば自己愛の世界とも言えるだろう。それが苦痛で仕方ない。今までも、今でも。学校に行かなくなったとき、最初は両親も行かせようとした。両親というより、母の印象が強い。父になにか言われた記憶がない。僕は、父に怒られたことがない。なにかをしろとか、強制されたこともない。中学も学校に行かない日々、その頃父とはほとんど話をしなかったと思う。僕は、暗闇の中で宙ぶらりんの状態だった。今より何にも知らない、幼い子供だった。恵まれた環境だとは思う。感謝もしている。だけど、僕は父に命令してほしかった。なんでもいい。道を示して欲しかった。なんでもいいから、僕たちは素直にその時の胸の内を語り合うべきだった。肝心なことには踏み込まず、そっとしておくのがうちの家族。内容は書けないけど、姉はもっと辛かったと思う。でも僕はもうだいぶ大人と言える年齢になってしまった。10年遅れた反抗期。反抗期っていうのは中学高校くらいでやっといた方がいい。僕はもう年老いた父に向かって気持ちをぶつけることは出来なくなった。どれだけ冷静に丁寧に話しても、父には伝わらなかったし、父は塞ぎ込んでしまう。こんなことを続けて変わることと言えば、家族が僕を怖がるようになるくらいだろう。家族が他人のように感じたとき。とても辛かった。難しい。人に話す、相談できることでもない。よそはよそ、うちはうちというように、それぞれの家族に事情がある。そもそも人は、みんな違う…。僕ももっと世の中にもまれて、頑張ってやりきったその先で、みんな違ってみんないいなんて思えることもあるかもしれない。それが今は、みんな違うから困ってしまっている。自分の時間が多いから、考えすぎなんだとは思う。とらわれている。性質というより習慣のような気がする。それを変えていくことが、こんなに難しいとは思わなかった。気づけることが多くなったのは成長かもしれないが、それに行動や体験が伴わないと、頭でっかちになってしまう。くらーい暗い頭でっかち。僕だって暗くなりたくはないんだよ。今のままでいいなんて、思ったことはない。それでも知らず知らずに甘んじて、必死になれてない自分はいる。結局、自分との戦いでしかない。他人と自分をいい感じに切り離さなきゃ、身が持たない。大事な人はいる。それはありがたい。音楽やっていて一番良かったことは、人と出会えたことだ。学校からも逃れて、働くこともうまくいかなくて、そんな中で人との繋がりが出来たのは音楽のおかげだ。それでもやってくる虚しさは、恐ろしい。虚しいっていうのは怖いんだ。喜怒哀楽の内に虚しさはない。心が動いていないから。こんな世の中ってほとんど思ったことがない。ろくに世の中に出たことないのもあるけれど。楽しいことや喜びは、ちゃんと用意されてるだろう。なりたい自分になるための課題は人それぞれあって、それがクリア出来たらそんな楽しさや喜びに会えると思う。いや、信じている。実感もある。だって心が世界を映すから。映画の雨に唄えばみたいな感じ。どんな時代も人はあんまり変わらないと思う。だから歴史を調べるのが好きだ。

 

なに書いてるかわからなくなった。僕は今家から遠く離れたスーパーの駐車場でこれを書いている。心のどっか片隅で、死んでしまおうかとも思っている。自分が空っぽに思えてる。そんな混乱の入口にいる。それでもこうやって人目につく場に言葉を放つのは、僕が僕を守ろうとしてることでもあるかもしれない。思うように生きられないから死にたいわけだ。だから本当は死にたくはない。あまりに暗くて寒い夜

アーメンフリー


Novo Tono - Yume no Hanshu [1996]

日記。降りしきる雨の音を聴きながら、ホットレモネードを飲んでいる。キッチンには誰もいない。締め忘れた蛇口が泣いている、なんて思ってないでちゃんと締めよう。走り描きでもいいから未来を描こう。僕に出来ることを考えよう。

あの天の邪鬼な飼い犬が、段々と大人しくなってきているらしい。年のせいなのかな、と年老いた父親がつぶやいた。父を乗せたドライブの途中、ちょっとそこの神社に寄ってくれと言われたので車を停めた。父は、リースの材料に使うからと境内に落ちた松ぼっくりを拾いだした。僕も一緒になって拾った。僕たちは強く美しい自然を目の前にすると、幼い二人組の子供になる。そして、閉め切った家の中では不自然なほどぎくしゃくした父と息子になる。風は大切だ。だから窓も大切だと思う。

そういえば、今月の11日で27歳になった。人前ではあっという間だなんて言ったりするけど、時間の流れは妥当だというのが僕の本心である。ロックの世界では27歳で亡くなったミュージシャンたちのことを27クラブと呼んだりする。たとえば、今年のどこかのタイミングで自分が死ぬと想像すると、そんなのあまりに早すぎる。10代の頃に憧れた早世したロッカーたちを、今は気の毒に思うこともある。音楽をやめていればもっと長生きしてたのかなと、考えることもある。この世のどっかに戻れない道があるんだろう。僕には、夢見ることだけをすべてと思うことはできない。

ここ最近は泥の海を泳いでいるような気分だった。毎日夕方になると行く先も決めずに車を走らせ、まるで落ちている小銭を探すように通り過ぎる風景の中に何かを見つけ出そうとしていた。そんなことをしても結局小銭が減るだけで、元も子もない有様で。

けれども、こんな僕にも天使がやってきたのである。誕生日の数日後、天使は突然電話をかけてきて、一緒にご飯を食べようと誘ってくれたのだ。そして翼があるにもかかわらず、二時間ほど電車に揺られて僕の街まで来てくれて、誕生日プレゼントにと天使が選びそうな素晴らしい本をくれた。夕ご飯、天使はお好み焼きを自分で焼くということに興味津々だったので、二人でお好み焼き屋さんに行って一緒に焼いて食べたりした。僕は話すたびに生き返っていく気がしてた。数時間後、天使は再び電車に乗って帰っていった。ちょっと涙が滲んだけど、それは満たされた気分だったからだ。まあこうして僕は泥の海から脱出できた。水面から顔を出すと、大して陸地から離れていないことにアホらしくなったりもした。ともかく、嬉しい出来事だった。ありがとう。

明日があるから眠ろうか。明日がなくても眠くなる。生きてるというのはなにかしら溜まっていくことで、生きていくというのはそれらを放出していくことのように思う。だから伝えたいことを伝えたい人に伝えるべきだ。独り言でも助けとなるさ。眠ろう。僕に愛を教えてくれる愛すべき人たちの幸福を祈る。僕の意識と無意識が、肉体と頭脳が仲良くあることを。

僕のリアリティ

宇宙の果てのブラックホールに吸い込まれた僕のリアリティ
部屋の隅っこの段ボールにしまわれた僕のリアリティ
いじめっ子の手の中にある僕のリアリティ
産道に置き忘れた僕のリアリティ
黒板のチョークの粉にまみれた僕のリアリティ
街灯もない田舎道に落とした僕のリアリティ
笑い声や怒鳴り声にかきけされた僕のリアリティ
一本のネジを締め忘れた僕のリアリティ
僕の体から気化するように抜けていく僕のリアリティ
電池切れになった僕のリアリティ
間違えて捨ててしまった僕のリアリティ
モノクロ写真に映る僕のリアリティ
死角にもぐりこんだ僕のリアリティ
メモをし忘れた僕のリアリティ
あったようななかったような僕のリアリティ

僕のリアリティ 僕のリアリティ

夜空に震える黒い旗

日記。生活の一番端っこに、ギリギリ掴まり飛ばされずにいる。という風に思い込んでいる。相変わらず自分をいじめるのが得意だなあ、と俯瞰した僕がさらっと言う。孤独が募れば募るほど、この世は己でいっぱいになる。どこへ行っても己がいるので、ほとほと嫌気がさしてしまう。けれどもそれだけじゃないってこと、もう充分知っている。相変わらず愚図ついてるなあ、と俯瞰した僕がさらっと言う。僕たちは、そろそろ一緒になるべきだ

 

希望を見出し続けることは出来たって、自分が救われるかもしれないという期待を、他人に寄せるべきじゃない。自分で設置した時限爆弾の爆破に、自分で落胆するようなもんだ。僕は自爆したい。その日を夢見てくすぶる夜更け。気持ち次第で黄金の夜明け

 

素晴らしい繰り返しなんて、この若さの中にない

 

暗くなる前に部屋の灯りを点けておこう。今度から、そうしよう。こぼした全部を拾いきれずに、眠くなっては縮こまる。夜空に、黒い旗が震えている。境目の無い真っ暗闇で、決して見えやしないのに、僕はたしかにそう感じる