heron

鈍色の季節の変わり目で 空と街とが溶け合った

つながった世界を見た

それは1つのピリオドで

僕の日記はそこで終わった

夢の中ではいつも鍵を無くしているから

心配しながら眠れない冬を送るだろう

明日には菜の花が咲き乱れ

その黄色を目印に歩いていく

ふるさとが心地よくなるまで旅に出る

元気いっぱいに北上しよう

一番北にはたぶん

たぶん墓場がある

眠れない芸術家たちの

晴れそうにない曇り空の下に

..........

一番星がいつも変わらずこの窓から見えるように

どうかお願いします

まだ幼い魔法使いは

古びたナイフを椅子の足にくくりつけ

必死になって祈りを捧げた

..........

おれは顔が描かれた鏡だ

手足のくっついた鏡

おれを抱きしめる人たちは

みんな己を抱きしめ

ずっとそばにいてよと言うのだ

そんな勝手なことがあるか

..........

むせるような霧の中に足音が聞こえる
獣たちはいつもどこからか僕を見ている

僕に獣たちが見えなくとも

獣たちには見えている

..........

真っ赤な嘘の太陽

黄が狂ったひまわり

白けた空の心

悩ましい僕のブルーは海へ還りたがってる

..........

感情が論理を追い越した

夜はなんだか眠れない

苛立つ炎がベッドを囲み

叫ぼうとしても叫べない

[EMOTION]

"どうかお大事に"

..........

なんだかさみしい夜 眠れない夜

時計の針の音が気になった

僕が子供の頃に植えた木の実は

大きな大きな木になった

想い出はいつも優しく語りかけるけど

遠くには今も走り続ける友達がいる

.......... 

金の鳥籠の中から眺めてる

丈夫な翼もあるし 

飛び方だって知ってるけど

鍵を開けるすべはなく

金の鳥籠の中から眺めてる

金の鳥籠の中から

.........

昼間は楽しいことをして

ホントのことは夜に言いたい

それなら夕陽が沈んでも寂しくないだろう

僕は友達より早く目が覚めて

カーテンを開けるかどうか迷ってる

.........

あなたが救われたと言った帰り道の途中で

わたしの身体の中を風のように光が通り抜けた

子供の頃に見た夢を今でも覚えているなんて

信じてもらえないことでしょう

あなたが救われたと言った帰り道の途中で

あなたがだんだん透明になっていく気がした

わたしたちは変わっていく生き物で

忘れてしまえる力があるとあなたは言った

.........

ロックンロール!

いつも扉を開けっぱなし

ありがとう

.........

歌にはきみが必要だ

僕だけじゃちょっと映えないのさ

歌にはきみがいてほしい

僕だけじゃちょっと間が持たないのさ

歌にはきみが必要だ

きみが好きじゃなくても

歌わせてあげて

ところできみって一体だれ

むかし会っただれかかい

だれでもないようなきみがいて

歌の中に暮らしてる

.........

これがあなたの後の骨

あなたを支えた後の骨

つかむと脆く崩れてしまった

 

僕がよぼよぼのじいさんになったならば(風景)

86歳になる祖父が体調を崩したため入院した。昨日、父とお見舞いに行った。
祖父はベッドに横たわり、以前より目が虚ろに見えた。
認知症の症状も表れ始めてはいるが、意識はハッキリとしているように思う。
入院とはいえ、86歳にもなるのだ。体調を崩さない方が不思議なことかもしれない。
家族として、祖父が長生きしてくれていることをありがたく思う。

静かな病室で祖父を見ていると「おじいさんになるってどんな感じ?」と尋ねたくなる。
決して尋ねることはないのだけど、そんな子供じみた疑問が自然と頭に浮かんでくる。
いつか僕もおじいさんになるのだろうか。ふと、古いこんな歌を思い出した。


ザ・ディランⅡ 風景


「風景」作詞作曲:中塚正人(センチメンタル・シティ・ロマンス)

僕がよぼよぼのじいさんになったならば
僕は君を連れ この街を出るんだ

きっと待ってるさ 故郷の山や河が
生まれ育ったあの土のにおい

僕たちの行くところ 僕たちの住むところ
故郷のあの丘さ あの雲の下さ

僕がよぼよぼのじいさんになったならば
僕は君を連れ この街を出るんだ

 
センチメンタル・シティ・ロマンスというバンドが70年代に発表した曲「風景」
前回の記事でも紹介した、ザ・ディランⅡのカバーバージョン。
アレンジも素晴らしく、大塚まさじさんのやさしい歌声がハマっていて好きだ。

祖父は長い間この街で暮らしてきた。山の中にある、今僕がいるこの家で暮らしてきた。
今年の春から入院したり、市内の介護施設に入ったりで我が家には一度も帰っていない。
ただ、お見舞いに行くと「家に帰りたい」と口にするのをよく聞く。
家は、故郷はこんなにも近くにもあるのに、家族として帰してあげられないことがもどかしくもある。
祖父の気持ちを想う中で、僕はこの「風景」という曲を思い出したのだった。

そして、僕がよぼよぼのじいさんになったならば。あまりに遠い未来に感じる。
25歳では想像も出来なければ、こうなっていたいという願望も特に思い浮かばない。
生まれ育った家がある村も、今や住人の殆どがお年寄りだ。
おじいさんになったとき、もう村には人がいないかもしれない。
村自体が無くなっているかもしれない。寂しいけど、そんな現実的な予想は出来る。
その時、僕はなにをしているだろう?それまでに、何をしてきているだろう。
もし生まれ育った家におじいさんの僕がいるなら、田んぼに菜の花をいっぱいに植えたいかな。
同じ「風景」というタイトルに、こんな歌(詩)もある。


山平和彦 / 風景

「風景 純銀もざいく山村暮鳥

いちめんのなのはな
いちめんのなのはな
いちめんのなのはな
いちめんのなのはな
いちめんのなのはな
いちめんのなのはな
いちめんのなのはな
かすかなるむぎぶえ
いちめんのなのはな

いちめんのなのはな
いちめんのなのはな
いちめんのなのはな
いちめんのなのはな
いちめんのなのはな
いちめんのなのはな
いちめんのなのはな
ひばりのおしゃべり
いちめんのなのはな

いちめんのなのはな
いちめんのなのはな
いちめんのなのはな
いちめんのなのはな
いちめんのなのはな
いちめんのなのはな
いちめんのなのはな
やめるはひるのつき
いちめんのなのはな

雨の日に思い出すうた(満鉄小唄)

台風12号が日本列島に上陸した。
閉め切った窓の向こうで雨がびちゃびちゃと音を立てる。
僕には雨の日に必ずと言っていいほど思い出すうたがある。
こんな激しい雨降りでも思わず口ずさんでしまう。

 


ザ・ディランⅡ 満鉄小唄


「満鉄小唄」はいわゆる春歌(性風俗に関連する歌、猥褻な内容を含む歌)
として位置づけられている歌らしい。元は1932年に発表された「討匪行」という軍歌で、「満鉄小唄」はその替え歌である、と。
ネットでこの歌について調べ、ヒットしたブログ記事などをいくつか読んでみたが、
歌が作られた背景や歌詞の内容にはそこまで興味が持てなかった。と言っても歌詞の中にある雨降りの描写が、この歌を雨の日に思い出させるのだけど。

僕が好きなのは、この物悲しいようなメロディーだ。
涙を流すほど感動するわけでもない、なにげなく、心地いいメロディー。
自分が生きたことのない古い時代を懐かしく思うような。
雨降りの日、我が家の軒下にあるベンチに座り、小さく口ずさんでみたりする。
またはギターで静かに弾き語りしたりもする。

この歌は70年代に活動した大阪のフォーク・バンド「ザ・ディランⅡ」のアルバム
「きのうの思い出に別れをつげるんだもの」にシークレット・トラックとして収録されており、
僕は高校生の頃にCDを買って歌の存在を知ったのだった。
ボーカルをとっている大塚まさじさんも当時は20代前半ぐらいで若かっただろうが、
なんというか若者らしからぬ、老成した者の選曲に思える。
自らの感情を表現するのは、なにも歌詞だけではない。
この「満鉄小唄」のメロディーの物悲しさのようなものが、大塚さんの心にもあったのかもしれない。

※他にも、なぎらけんいちが「春歌」というアルバムでカバーしている。

毎日僕は油絵の一番上

色とりどりの山のてっぺん

どうやったって心はくたばらない

無限の気持ちが

僕の知らない星を知りたがってる

泳げなくても浮かんでる

僕の歩いてきた道を

時には不思議がるけれど

やっぱりそれは僕が意図して歩いた道で

この一筆に少し時間がかかってしまうのですが

どうやったって心はくたばらない

きみはわかってる

毎日僕は油絵の一番上

少し前まで寒かった

時間が過ぎることはさみしいことじゃないみたい

新しい音楽が聴こえる

忘れないでいたい(2014)

綺麗すぎる夢を破いて

そこから吹く色んなものが混ざった風を

純粋に受け止めたい

そのとき感じたことを忘れないでいたい

 

人が行き交う道に寝そべって

犬や猫なんかと見ていた景色や人は

とてもへんてこに見えたので

とても面白く見えたので馬鹿らしくなった

 

いつも高架下で寝てるおじいさん

人通りのないところにある信号

西の空を飛んでいくつがいの鳥

馬鹿らしくなってみても線路は続くだろう

どこまでも

 

綺麗すぎる夢を破いて

そこから吹く色んなものが混ざった風を

純粋に受け止めたい

そのとき感じたことを忘れないでいたい

忘れないでいたい

忘れないでいたい

夕暮れの街(2014)

夕暮れの街 陽が落ちれば 通りに小さな灯が点るよ

空には白い一番星が見つけてくれと輝いている

 

夕暮れの街 帰り道で子供達がランドセル背負って

はしゃぎながら走り抜けてゆく

男はひとり遠い目つき

 

「また明日ね」子供達は手を振ってる

また明日へ僕は僕の希望を投げる

 

 

 

ぼくはぼくのすべてをやって残りを祈りに使いたい

すべてが遠く冷たくなっていくようなこの感覚を拭えないのさ
約束からも 力からも 眼差しから 形からも
すべてが遠く冷たくなっていくようなこの感覚がすごく嫌い
すでに通り過ぎた風景の残像であるような
何年も前に録画したテレビ番組を見てるような
透明なプラスチックの箱に入れられた羽虫のような
この形容しがたい感覚をひとり抱えてあらゆる生活の面倒を見るのさ
鉛筆で描いただけの感情が色を塗ってくれと言うけれど
僕は絵具を持っているのかどうか自信がない
何でもいいから書きだして告白するべきだと
身体中の細胞が上を向いて叫ぶけど
白黒コピーの印刷紙の小さな点たちが僕を重くする
初めからオブジェだったかのようだ!お見事
フタを閉め忘れたサイダー、僕から僕が抜けてしまった
橋の下で、約束する
2人だけだから大きな口を叩けるとでも思っていたのか
死に方に古いも新しいも無い
好きなようにやりなさいよ
今ここにいるということが一番前にくるように
誰もいない川で一緒に泣こう
僕たちは午前0時に近づくほど本当になれる
光と影の襤褸をまとったどうしようもないやつらさ
電気仕掛けの結末にバチバチと手を叩いてる、どうしようもないやつらだよ